第15話 明日への絆

「……眞那ちゃん……なの……ッ?!」

言葉を掛けようとする透火を暴走龍の右腕が襲う……
幻影を駆使して回避するが、その顔は驚きと不信感で彩られていた。

『グヴウゥゥゥゥ……!』

« 今の彼女は、負の感情で体外のフォトンが一時的に変化しているだけの状態だ。
 反属性フォトンで攻撃して鎧を崩し、本体を引きずり出せばまだ助けられる! »

シャインブルーから状況を聞き、通信越しに解決法を提示するトリニティ……
指揮通信が途絶している今、やれる事をやるしかないとシャインブルーはその場に居た全員を纏めあげ、光属性による浄化作戦を開始した。



時間にしておよそ2時間強は経っただろう……
激戦となった救出作戦は、件の暴走龍を拘束、集中砲火によって外郭を削りきり本体の救出に成功した。

しかし、全員が無傷……という訳には行かなかった。

後少しという所で暴走龍を拘束し、負のフォトン浄化のために説得を試みるという透火をシャインブルーが送り出すが、龍は彼女の右肩に深々と噛み付いてしまう。
全員が驚愕し追撃して開放させようとするが、それを透火自身が止め、暴走龍の頭を優しく撫でた。

「……妹が傷付けられて、黙っている……お姉ちゃんじゃないもんね?
 でも……もう、大丈夫……瑠那ちゃんは……お兄さんが何とか……してくれるから。」

『ヴゥゥヴゥゥゥゥ……!?』

「……彩火も、ちゃんと……探して……助け出すから……!」

浅くはない傷を負ったまま龍の頭を撫で続ける、憎しみと絶望に彩られた暴走龍の瞳が僅かに揺らぎ、噛み付いていた少女の眼を見た。

「……もう、大丈夫……だから……みんなに、ゴメンナサイして……帰ろ?」

右肩に噛みつかれているにも関わらず、透火は眞那をいつもの表情、声色で優しく諭した。

『ヴゥゥゥ……グゥゥゥゥゥ……!』

苦しげな……悔しげな声を発し、龍の鱗が剥がれるようにフォトンが霧散し始める。

「うぅぅぅぁぁぁぁぁぁ……!!」

「大丈夫、もう泣かないで……」

龍を象っていた負のフォトンは黒い霧となって拡散していき、完全に晴れたその中心で傷だらけの少女が2人、止まない雨の中に座り込む。
双方共に、大きな傷を負っていた……1人は体に、もう1人は心に……。

透火は意識が途切れるその瞬間まで、眞那を手放すこと無く、小さな子供をあやす様に頭を撫で続けていた。




~ 1週間後 ~

艦橋に軽快なホロタッチ音が響く。
艦橋で爆発に巻き込まれ、重症を負っていたシエラだったが、1週間経って全快し、以前と変わらぬ仕事ぶりを発揮していた。

「瑠那さん、すみません。そっちの資料データの分析結果を転送して貰えませんか?」

『了解です。』

通信越しに瑠那との会話をするシエラ、ホロモニターに映る瑠那の背景は現実世界の物ではない……画像そのものは半透明の赤いフィルム越しみたいな差し色が入っており、
バストアップで映る瑠那の姿も、普段のメイド服ではなくカウンターの職員が着ているスーツ姿……背景には幾つもの走査線やグラフ線が不定期に入り乱れたり、ホロモニターらしきものが浮かんでは消えていくという、常に変化していく背景だった。

結論から言うと、瑠那の体はほぼ全損し使い物にならなくなっていた。
その為、キャストの意識データを専用領域に一時確保し、ボディを新造する事になったのだ。
キャストベースの素体を持つ人しか使えない再生方法だが、確実に復元する事が可能であり、復元過程において強化改造を施すなど、患者のニーズにも対応しやすい……
なお、瑠那はその間シエラの仕事を一部だが手伝う事で余暇を過ごしていたのだった。

「それにしても、助かりました……総務部や情報部のデータは整理が大変で……」

『そうでしたか、お役に立てたのなら幸いです。』

「それにしても瑠那さん、ボディ全損だったのにそんな簡単に復元できるものなんですか?」

『通常のキャストでは事前の準備無しには無理ですが、私と兄は有事に備え、常にバックアップを取っていますので……その恩恵、という事です。
 ……無論、今回初めてバックアップからリードした訳ですが。』

「感覚的にはどうなんですか?」

キャストは有事の際に備え、意識データをバックアップする習慣はあるものの、それは万が一の事態に備えて行うものとして認識され、危険な仕事内容の任務や、災害派遣などに赴く場合に際して事前に行っておくといった程度であり、瑠那の様に、常時データがバックアップされる様なケースは皆無だった
なので、復帰のタイミングによっては長く眠っていた様な感覚に陥るケースも有り、今回の件に際して、瑠那自身が復帰の際に感じた事を、シエラは知りたくなっていた

『……そうですね、例えるなら……意識が途切れるまでの出来事を客観的に認識し、そして全てが暗転してから意識が戻る、といった感じです
 もう少し簡潔に言うと、「悪夢から目が覚めた」ような感じですかね……。』

瑠那は後天性キャストの為、最初からキャストとして造られたシエラと違い、人間的な感覚と捉え方を残している……予想外の曖昧な感触として語る瑠那に、シエラは頭を捻るしか無かった




「皆、揃ったようだな……。」

アークス総司令ウルクを始め、六芒均衡全員にシエラと、錚々たるメンバーが揃った中央会議室……だが、並びはいつもの円形集合ではなく、まるで裁判のような配置……
傍聴席はなく、代わりに各艦に配置されたシエラの通信ウィンドウが並んでいる。
六芒均衡は奇数番・偶数番に別れて検事側と弁護側に座り、被告席のような中央の席に着いたのはトリニティだ。

「……それでは、完成したMRSの詳細……そして新たに製造中の新型機についての説明と、今後の課題についてご説明させて頂きます。」

トリニティは分厚い資料を片手に、自身の研究成果の発表を始める

「まず、初期に開発された4機についてですが……現在もアップデートを繰り返しており、新型のダークファルス相手に対して想定以上の優位性を得る事が出来るようになりました、しかしながらMRSの絶対数不足と、一部筐体の不安定さは未だ拭えず、今後も安定化と量産型へのフィードバックを欠かせない状況であります。」

『その一部筐体の不安定さというのは、それほど対応に時間を要するものでしょうか?』

疑問を呈してきたのはカスラだ、いくら情報の専門部署といえども、実機を未だに見ていないカスラは、MRSの完成度に懐疑的だった……それに、ダークファルスが相手なら、現存するアークス戦力でも十分な対処が可能なはずだ、しかし、鳴り物入りで参入が決まったMRSの実用試験……そして次々と現れた新型のダークファルス達……情報部を預かるカスラにとって、他部署のソースは疑って掛かる性分でもあるのだ

「ええ……その説明の為にも、まずは初期ロット4機の解説を必要とします。」

トリニティは想定通りと言わんばかりにホロモニターに映し出された資料画像を切り替え、1つのMRSベルトについて語り始めた。

最初に説明されたのは『フォトンブラッドを利用したフォトン強化型モデル』、通称「タイプφ’s(ファイズ)」……フォトンブラッドとは、超高濃度のフォトン粒子を特殊な方法で組成変化させ、実体を持たせた流動物質の一種で、従来のフォトン粒子を直接利用するよりもそのエネルギー効率や破壊力、及び利用の汎用性に長けている。
汎用性や効率の劇的上昇は歓迎されるべきものだが、従来にはほとんど無かった潜在的な危険性も爆発的に高めてしまっていた。

……それは、従来のフォトンでは浄化できない「人体に有害な毒性」の発現である。

『ちょっと待ってくれ、フォトンを変換した物質なのに、フォトンで浄化できないってのはどういう事だ?』

六芒として参加していたゼノが、フォトンブラッドの説明に異を唱える。
確かにゼノの言う通り、フォトンブラッドはフォトンを組成変化させて造り出した……いわば「物質化したフォトン」の1つである……だが、根本が同じモノなのに干渉できないというのには納得が行かなかった。

「確かに、ゼノさんの言う通り、フォトンブラッドは物質化したフォトンと同義の物質です……しかし、フォトンブラッドをフォトンに戻せる要素、つまり可逆性は皆無、更にはフォトンブラッドの発する光……「フォトンブラッド光」には素粒子しか含まれません……素粒子は物理学上最も小さな粒子物質です。
加えてフォトン粒子は光子と呼ばれる分類で、素粒子と光子のサイズは、光子1に対し素粒子は数千……つまり素粒子は光子の数千分の1程度しか無い……その為、フォトン粒子の入り込めない領域にまでフォトンブラッド光は容易く入り込み、その毒性とエネルギーを以て破壊を行使するのです。」

疑問点を解消するべく発せられた回答にゼノは絶句した……フォトンブラッド光は物理的な防御手段など歯牙にも掛けない特性を持っており、直接打ち込まれた相手は為す術もなく破壊のエネルギーに見舞われ倒れるしか無いのだ。

『そんな危険な代物を使ってんのか?! じゃあ装着者はすぐに死んじまうだろ?』

同じく六芒のヒューイが口を開くが、それも想定通りの疑問だった。

「先述の通り、フォトンブラッド光に物理的な防御手段は通用しません……ですがそれを発するフォトンブラッド自体はあくまで物質です。
そしてフォトンブラッド光は『量子フォトンコーティング』という技術によっておよそ99.98%遮断が可能です……φ’sモデルのインナースーツ等にはこのコーティングが施されている為、装着者への危険性は可能な限り低くなっています。」

トリニティの回答に、さっぱり分からんと首をひねったヒューイ……隣に座っていたマリアから「バカにも分かる資料だ、こっちをちゃんと見な」と該当ページを顔に押し付けられ、一般人にも理解しやすい図解を交えて書かれたフォトンブラッド関連技術の解説により、ようやく納得したのであった。

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