第16話 時の流れに揺蕩うもの

『……♪~……』

 惑星アムドゥスキア……
表面が溶岩地帯だらけの球状核と、強烈な地磁気によって浮遊する大陸に別れた歪な形状の惑星……その浮遊大陸の1つに、風にのって歌声が響く

 その歌声は、どことなく哀しみと切望に満ちた声だった……

 歌声の主はタイトな黄色いボディスーツに黒色の簡素な部分装甲を申し訳程度に取り付けられた「ゼルシウス」に身を包んだ青髪の少女だった

「……分かってるわ、こんな事したって慰めにもならない事なんて……」

 少女は一人呟く……だがその少し後、ドップラー効果で響いてきた悲鳴に、青髪の少女は警戒の構えを取りながら振り向いた

「……ぁぁぁぁぁぁっ、とおっ……あだっ!?」

 落ちてきたのは、自分と同年代……か、少し年上らしい顔立ちの、ド派手なピンク色の髪をした女性……見たことのない長杖を手に、地面に激突寸前放ったテクニック「ナ・ザン」で衝撃を和らげた事から、度胸と実力はあるアークスだとすぐに分かった……だが、角度と姿勢が悪かったのか……ナ・ザンを放った反動で体が空中で前転し、結果尻もちを付くように回転しつつ1m程の高さから無抵抗のまま落ちたのである。

「……貴女は、確か……」

青髪の少女は落ちてきた女性に見覚えがあった……

「……ったぁ……え、ちょ見られてた?! って、貴女は……」

落ちてきた女性にも、青髪の少女に見覚えがあったようだ

「……六芒均衡の……零番さん……?」
「あの時、MRSを運んでいた人……?」

 かつて、ダークファルス【嫉妬】襲撃の際にピンク髪……透火が戦闘ヘリのパイロットに頼み込んで乗せて貰い、渡すべき物を運ぶために飛び立とうとした際、ダーカーの強襲に遭遇、そこを偶然移動中だった六芒の零・クーナが横槍を入れてヘリは無事に飛び立ち、窓からお礼を言った透火と、ヘリを見上げたクーナは互いの特徴を覚えたのだ……最も、今の透火の服装は当時の「セラスアリシア」ではなく、両手のプロテクターを外したカスタム仕様の「バリスティックコート」だったが……
 そして透火がクーナを六芒と知ったのは当時ではなく、後で詳細をシエラに問い合わせたからである。



「……あはは……お久しぶり、みっともない所見せちゃったけど……」

「いえ……、そちらもお元気そうで」

「……皮肉?」

「違います(キッパリ)」

 しかし、クーナは内心穏やかでは無かった……さっきまで歌っていたのを聞かれたのなら、自分に疑いが向かない内に退散したかったからだ。
 いくら過去の事と言っても、この姿と今のアイドルとしてのクーナが同一人物であると知る人間は少ないほうが良い……だが、世界はそういう事情に厳しかった

「……さっきまで歌ってたのって、誰かを想って……?」

 嗚呼、この世界に神は居ないのか……

「……黙秘します、そしてこの件は他言無用です。」

 ピシャリと切り捨てるクーナの言葉に、地雷踏んじゃったかな……と透火はバツの悪い顔をして頭を掻く……だがすぐに表情は憂いたような顔に変わり、先程までクーナが座っていた岩へと座ってため息を吐くのだった

「それよりも……貴女は、何故こんな場所に?」

「妹がね、行方不明なの……この前の襲撃で……何処も探したけど見つからないのよ」

 一連の行動に少しだけ興味を惹かれたクーナは、透火に聞いてしまった。
透火は、振り向かずに答えを返す……この前の襲撃と言えば「新生DF勢」が4番艦アンスールを襲った事だとクーナはすぐに気付いたが、同時に不可解な点も見付けてしまう……何故、行方不明なのか?

 襲撃に遭っただけなら、死亡扱いないしは負傷で入院など、行き先は決まって居るようなもの……例え瓦礫に埋もれたとしても、既に襲撃から1周間は経っている為、生存/死亡に関わらず発見はされているはず……

 だが、彼女は「行方不明」と言った……それは、六芒と一部関係者にのみ知らされた事実……それに該当する事象に、彼女は関係あるという事だ。

「……そうでしたか、彼女の保護者が貴女だったのですね。」



 それから、お互い何を思ったのか……自身の悩み、境遇、普通なら話せる筈のない事を相手にどんどんと吐き出してしまい、最終的には互いの過去を洗いざらい吐き出し合った仲として、何やら友情的なものが芽生えていた……

「……やっぱり、あの歌はハドレット……この子の為だったんだね」

 透火は再び違和感のある言動を発する。
この子……まるで彼の姿を現在進行系で見ているかのような口ぶりだった……透火はさも普通の事だと捉えているが、普通そんなものが見えたら例外なく発狂モノである。

 透火はこの星の空気に、微かに漂う存在感……歪な魂を持つが故に転生できない魂だけの存在……ハドレットを確かに感じていた。
……それは「概念知覚」とも言うべき能力。

 本来、生物の五感……「視覚」「聴覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」の5つはそれぞれ固有の認識方法によって物事を認識し、存在を感知する。
 中でも、ヒト種は五感による認識の殆どを「視覚」から得ているのは言うまでもない。

 だが透火の五感には、ちょっとしたオマケが付いているらしい(本人談)。

 シャオの見解は、それは本来アークスが持つフォトン感知能力の拡大版……フォトン感知能力はほぼ「触覚」(本作での設定)に近く、距離とエネルギー量という基礎概念によって、その感知度合いの個人差は非常に激しい……そして透火のフォトン感知能力が他より少しだけ「その方向に優れているから」との事。

 透火は目に見えないハドレットの魂を、その五感で感じていた。
彼女にとってそれは当たり前の感覚……しかし、他人にとっては「霊感」とでも言うべき超感覚だ……クーナは半信半疑ながら、ハドレットの所在を確認した。

「……まさか、アイツはココに……?」

「うん、ずっと貴女の歌を聞きたくて、いつもココに来てるんだって……」

 魂から直接伝わる情報はヒトにとっての「声」と同じく耳に伝わり、言葉の壁すら安々と超えて響いた……それはそれで衝撃的な事だったが、クーナにとってはどうでもいい事だ……アイツが私の歌をまだ聴いてくれている、聴きたがっているという事を認識させてくれた……その声を私自身が聞く事は出来ないが、その心は確かに伝わった。
 クーナの眼からとめどなく涙が溢れ、僅かながら紅潮した頬を流れ落ちていく……

 透火の眼には、今にも泣き崩れそうなクーナを大きな掌で支え、恐ろしい見た目の巨躯に似合わぬ優しさを発揮する、白い巨龍の姿が映っているのだった。