第1話 惑星(ほし)と少女と暗闇と act.2

トリニティとずんは護衛隊と分かれ、斥候として捜索に出てしばらく・・・
2人は先程のエリアからは少し離れた開けた地点で周囲の様子を探っていた。

「この辺りの海王種も、ほとんど居なくなってる・・・ということは」

ずんは推測ながら、周囲の海王種はほとんどダーカーに追われてこの近辺から去ったか、あるいは先程の防衛戦で殲滅しきれた、と類推する
トリニティのセンサーも、それを肯定する環境数値を示していた。
・・・しかし、少しだけ違う情報もあった。

「でも、この周辺の海王種は移動したんじゃない・・・この場で殲滅させられてるね。」

残留するフォトンのデータは、ある反応を顕著に示していた・・・それはアークスが放つ攻撃性テクニックのフォトン反応だった。

「この場でも戦闘が? 仮にそうならそのアークスは一体どこに・・・?」

トリニティは環境数値に注意しつつ周囲の動体反応を検索・・・と同時に頭上に反応をキャッチした。

「・・・ぃちゃーん!」

普通ならドップラー効果で途中から聞こえる声に不信感を持ち、頭上を見上げたところに何かがHITする・・・だろう。
ただし、その声の主が知らない人物であれば・・・だ。
トリニティは声の主を特定、ある行動に出た。

「みぎゃっ!」

あろうことかトリニティは片手で声の主の顔を鷲掴みにした・・・乱暴かつ非情な扱いだが、ずんは至って平常な顔・・・むしろ呆れてすらいた。

「・・・何をするかと思えば、そんな手に引っ掛かる兄さまではありません・・・いい加減に学習なさいバカ姉。」

声と共にずんの左側に新たな人影が近付いて・・・いや、出現した。
足音もなく現れたのはメイド服の少女・・・しかしそのスカートからは黒く硬い鱗状の外観を持つ尻尾が見え隠れしている。
頭には金属製の羽飾り、赤い目は不気味な眼光を放ち、異様ささえ感じる。
しかし、その身長はずんの2/3程度しかなく、むしろメイド服の小さなコスプレイヤーにしか見えなかった。

「2人でここまで? またトリーを驚かせようと・・・懲りないねw」

ずんは傍らに出現したメイド服少女にも驚くことなく、知り合いのような口調で話を始めた。

「いえ、私達も調査隊の護衛です・・・最も、兄さま達とは違って集団ではなく「個人の」ですが。」
「個人? ウォパルへの立ち入りは一般的にはまだ禁止されてるのに?」

トリニティは閲覧データからウォパルへの降下制限状況を確認した。
大規模調査団の編成と同時に一般・・・個人的な調査依頼は停止させられていたはずだ。

「それは、私から説明した方が良いわね。」
声と共に岩陰から出てきたのは、彼らのよく知る人物・・・サラだった。

-惑星ウォパル・ルーサーの研究施設最深部 巨大実験場エリア-

「・・・ここに来た目的だけど、前に吸い出したデータの中に気になる記述があったの。」

それは、クラリスクレイスのクローンを産み出した「C計画」より以前のもの
「R計画」と呼称されていた極秘プロジェクトの断片情報らしい
シャオが言うには「計画は虚空機関(ヴォイド)の中でもとびきり重要、かつ極秘で進められていたもの」らしく、「ごく一部の研究者とルーサー本人しか知らない」案件だったようだ。

「計画の立案者はルーサーじゃないけど、肝入りの案件であった事は確かね・・・施設もこのウォパルで行われていたみたいだし・・・ただ・・・。」
「・・・ただ?」

歯切れの悪いサラの雰囲気を感じ、ずんとトリニティは聞き返すが・・・

「・・・いい加減その子、離してあげたら?」

突然の事で一瞬理解が及ばなかったが、トリニティは右手でずっと「その子」の頭を鷲掴み状態でキープしていた。
掴んでからもう数分は経っていたため、掴まれた子はずっと息が出来ない状態であるはずだ。

「おっと、そうだったw」
「ガハッ・・・ひぃ~、ゴホッゴホッ・・・」

ようやく鷲掴み状態から解放され、ネコミミ少女が数分ぶりの呼吸を初めてむせ返る
かなりぞんざいな扱いを受けていたにも関わらず、然したるダメージや命の危機的な状態は皆無・・・むしろピンピンしてトリニティに食って掛かる。

「いくらあたしが頑丈だからって、扱いがぞんざい過ぎ! あと少しでお花畑見えるトコだったじゃん!」
「そんな低レベルなスキンシップにしか走れないから兄さまからの扱いがぞんざいになるんです、・・・兄妹らしい扱いを望むなら慎みを持ちなさいバカ姉。」

メイド服の少女がネコミミ少女を叱咤する。
トリニティもずんも、この2人の口論はもはや見飽きたレベルである為、さして気にも留めないでサラの話を聞こうとしていた。

「兄妹・・・って、貴女たち、彼とは血縁だったの?」
「そうよ、トリ兄とあたし達は兄妹なの♪」
「貴女は初耳でしょうね、ですが事実です。」

サラは眞那と瑠那、そしてトリニティとの付き合いはそれぞれに長かったらしく、3人の関係を初めて知り驚きの声を上げた。
ネコミミ少女、眞那(マナ)とメイド服の少女、瑠那(ルナ)・・・
外見からして似ても似つかない2人だったが、遺伝子情報レベルでは瓜二つ・・・いわゆる、一卵性双生児である。
姉の眞那はフォトン適正が防御面に偏っている事と、肉体組織の一部が突然変異によって獣化しており、獣耳と尻尾を最初から持っている事・・・
妹である瑠那は優秀だが病弱であった事と、元々のフォトン適正が改造前と同等くらい低かったので、ほぼノーリスクで後天的にキャストになった事を語った。

「これだけ似てない双子って初めて見たわ・・・」

率直な感想を述べるサラ・・・似てない双子は数居れど、ここまでの差異は無いだろう。

「それよりも、サラが依頼主だったんだ・・・あれ、でもそれじゃ3人で?」
「違うわよ、もう1人連れては来てるんだけど・・・」

その時だった、急に足が動きにくいと感じたのは・・・
とっさに周囲を見回す2人だが、サラは至って平然・・・眞那と瑠那も姉妹で口喧嘩の真っ最中
この奇妙な感覚を感じたのはずんとトリニティの2人だけのようだ

「あれ、ずんずんに・・・トリー?」

ふと声のした方を見れると、そこに居たのは目立つピンクの髪をポニーテールに束ね、水色と白が綺麗な「セラスアリシア」を纏った少女が立っていた。

「やぁ、透火ちゃんw また別シップ旅行に来てたんだね。」
「この子たちがトリーにまた会いたいって泣きついて来たからねぇw」
「泣き付いてなどいません、やるのならこの無能姉の所業です、別に私は泣き付いてなど・・・ッ!?」

と、言いかけた瑠那の表情が次の光景を見て一瞬にして凍りついた・・・
眞那はトリニティとずんに携帯端末である画像を見せていた、普通なら何気ないものだが、表示されている画像が画像だけに凍りついたのだ。

「あ、コレってあの時の・・・やっぱり隠し撮りしてたんだ。」

・・・という透火の一言が更なる燃料&着火材となった。

(# ゚Д゚)<「・・・ま、待ちなさいこのバカ姉ぇぇぇぇ!!」

怒声と共に背負ったアサルトライフルを乱射し、鬼気迫る顔で姉を追いかけ始める妹・・・そんな妹を笑いながら弾幕を掻い潜って逃亡し続ける姉・・・
この状況でこれだけ気を抜けるというのはもはや高等芸の域であろう。

- 惑星ウォパル・ルーサーの研究施設・巨大実験場入り口 -

「このエリアはもう掃討済みだけど、一応油断はしないでね。」

透火が注意を促し、ずんとトリニティが前に出る。
依頼主であるサラも通常戦闘は可能だが、依頼主が倒れると任務失敗となる都合上、布陣の庇護下に置かれていた。
頑強で破壊力も併せ持つハンターであるずんと、索敵・罠解除を得意とするレンジャーで内蔵センサー類による狙撃能力を持つトリニティが正面のアタッカー、テクニックによる法撃支援の透火は後方を警戒し、両翼には機動力と瞬発力に長けたガンナーとブレイバーである瑠那と眞那が担当する。

「この施設自体は、もう何年も前・・・【巨躯】復活の前にはもう使われてなかったようね。」

施設の老朽化は著しく、生きている端末は数少ない・・・たどり着いた巨大な空間にポツリとあった生きている端末を見つけてサラが呟く。
虚空機関(ヴォイド)関連のデータを吸い出しながら端末を調べていくうちに、サラは施設の見取り図のデータを発見した。

「ラッキーね、このデータなら使えるわ・・・マップデータは一応みんなにも転送しておくわね。」

全員の端末へデータが転送され、現在位置と施設の一部情報が更新されていく・・・途中サラはその中に「秘匿施設レベル7」というエリアを発見した。

「秘匿・・・あからさまに怪しいわね、場所も近いし、こっちも調べておいたほうが良いかしら?」

《極秘の調査とはいえ、今回の主導はいちおうキミだからね、僕としてはムリしないのなら別に構わないけど・・・護衛のみんなの方はどうかな?》

通信の主はシャオ・・・先の【敗者】戦後から新たにシップ管理者として迎えられたシオンのコピーであり、現アークスの最高責任者でもあった。
そんな彼から「お好きにどうぞ」という旨を直接言われたのだ・・・断る理由は何もない。

「それじゃ、未知の領域・・・秘匿施設の初期調査開始ね。」
「おー♪」
「遊びじゃないのよ、遠足気分は止めなさいバカ姉。」
「まぁ、ガチガチになるよりはマシだからねw」
「だからといって油断は禁物、何があるか分からないからね。」
「この布陣なら【巨躯】や【敗者】でもない限り大丈夫でしょw」
「ヤメてよずんずん、それでマジ出たらどうすんの!?」

それぞれ口々に期待と不安を出しながらルートを辿っていく。

- 惑星ウォパル・ルーサーの研究施設・秘匿エリアレベル7 -

さしたる襲撃もなく、予定地点・・・秘匿エリア・レベル7の入り口に到達したのだが・・・問題が起きた。
エリアの入り口には厳重なセキュリティが施されており、固有人物の認証がなければ開放されないという代物だった。
試しにサラがセキュリティ突破を試みるが、あえなく失敗・・・次にトリニティも挑戦するが、相手との演算能力の差が開きすぎて無理。
しかも認証そのものは全身の生体スキャニングであり、現状で使える手段での開放は事実上不可能ということになった。

「・・・さすがに貴男で無理となると、シャオでも連れてこないと無理ね。」

トリニティの挑戦後、肩を竦めため息を吐くサラ。
余剰領域の殆どを演算に使ったトリニティは自身の駆動システムを再起動するために一時停止中で、その復帰を待って帰還ということになった。

「・・・どうしたの透火ちゃん?」
「ん~、これ・・・キーはたぶん研究員の生体認証でしょ? アキさんとか、元所員のデータで偽装できないかな? ほら、こうやって・・・」

そういって透火はスキャナーの前に立ち、セキュリティ領域ではなく伝送されるデータを書き換えてみたらどうかという説明をし始めた・・・その時だった。

<<対象の生体スキャンを開始…秘匿レベル9の生体承認コードを確認、当該施設のセキュリティを解除、認証コード有資格者への一時開放が許可されました。>>

突然の電子音声と共に施設内のシステムが稼働し始め、あれだけ厳重にロックされていたセキュリティがいとも簡単に開放されていった。

「ちょっ!?」
「え~・・・」
「あ、開いた・・・?」

一部始終を見ていたずんとサラ、そしてスキャナーの前に立っていた透火自身も我が眼を疑った。
しかし、スキャナーと認証端末はすべてグリーン、厳重だったセキュリティも全てが一時的だが解除されているらしく、扉は開放され奥の端末と設備が一部もう見えている。

「…駆動システム再起動、P‐GPS位置情報特定完了、生体データ認証…オールグリーン、システムリブートチェック…全て正常値、再起動シークエンスを終了します。」

ちょうど良いタイミングでトリニティの自己診断と再起動が終わり、無機的な機械音声からだんだんとヒトらしい発声へ変っていくナビ音声を発しながらトリニティが立ち上がった。

「トリー、ヤバい! ドア開いた!」
「えっ!?」

扉と認証端末のグリーンコードを確認し、驚きを隠せないトリニティ・・・。
一番訳が分からないのはスキャナーに立っていた透火だ。

「なんで・・・コレ・・・だって生体認証・・・ほぼ100%個人特定で・・・誤魔化しとか効かないのに・・・。」

自分は説明しながら立ってみただけで偽装の準備など一切していない。
たとえ偽装しようという気があったとしても、この場で実行できる手段じゃ誤魔化しなんて効くはずがない。

「透火・・・アナタって・・・」
「分かんないよ! 分かんないの・・・私、記憶にない・・・思い出せない・・・10年前から・・・それ以前も・・・!」

悲痛な叫びにも聞こえる声で肩を震わせながら弁明しようと必死になる透火。
全員黙ってその声を聴いている、更に必死になって言葉を紡ごうとしたその時だった。

《キミの過去がどうあれ、今のキミは正規のアークスだ。今更キミをどうこうするのは組織としても僕自身の考えとしてもプラスになるとは思えないからね。》

突然にシャオが通信で割り込みを掛け、言葉を打ち切らせる。

《この件に関しては僕が預かる・・・キミ達は予定通りそのまま当該施設の調査を続行してくれ。》

同時にシャオは管理者権限を行使し、この件は自身が預かる事を周知させた。
彼女の過去についてはシャオも気になる部分があったらしい。

《・・・そこのセキュリティ、開放は一時的なものみたいだから、せっかくだし開いてる今の内に調べてきてくれないかな~? ルーサー絡みの貴重なデータが取れるだろうし、むしろそこで彼女の事が分かるかもしれないからね。》

ついでのようにわざとらしい口調のお願いに応えるべく、トリニティはいち早く突入準備と内部のスキャンを始めながら呟いた。

「・・・透火の過去はシャオに任せて、この施設はキッチリ調べとかないと。」
「カワイイ子にどんな過去があっても、ボクは別に気にしないけどね~w」

ずんは扉から堂々と直接顔を覗かせ、内部の様子を見ながら気楽に言い放った。
サラは厳しい表情のままだが、自分と似た過去を持つかもしれない透火の側で手を握り、励ます。

「アナタの過去は分からないけど、私はアナタが何者であっても信じるわ・・・だって、これまでも普通にアークスとしてやってきたんでしょ? これからもそうであればいいだけの話よ。 過去なんて関係ないわ・・・アナタは今まで通りで居れば良いんだから。」

かつて自身の過去が判った時にも語られた言葉。
・・・過去を気にするより今を、先を見ろという叱咤激励。

これがアークスだ・・・自らを犠牲にすることで世界を救おうとし、深遠なる闇になりかけ、そして救われた2代目クラリスクレイス・・・マトイという少女も、サラを元にルーサーに産み出され、利用されて、棄てられた3代目クラリスクレイスも・・・彼ら救われ、赦されて、今やアークスの中枢戦力として迎え入れられている。
過去や出自など些細な事でしかない・・・それが現アークスの体勢であり、基本理念にもなっていた。

涙を拭い透火は気丈に顔を上げ、開かれた扉を全員が揃って入っていった。

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