第14話 絶望の雨に吠えるもの

第2次増援のアークス達が見たものは、凄惨な現場だった……
黒雲垂れ込める空、降り止まぬ雨、濡れた戦場には巻き込まれ命を落とした民間人と、成す術なく殺されたアークスの死体が転がっていた……
そこから視線を上に上げると、映ったのは低めのビルの上に佇む2つの黒い影と、そこから落ちる1つの影……
しばらくの沈黙の後、慟哭の如き叫び声が聞こえてきた

それから起こった事は、箝口令が敷かれ、ごく一部しか事実を知る者は居ない


「……か……は……っ」

油断などしていなかった、しかし、現実は非情だ……
敵への牽制と互いの援護を同時にしながら迫る双子の連携攻撃を、【怠惰】は逃げ場のない飽和攻撃をする事で破り、そのまま近くだった妹の瑠那の腹へ容赦ない貫手を撃ち込んだ
一瞬とはいえ触手の飽和攻撃で視界と自由を奪われた瑠那の体を、【怠惰】の腕が貫通する……いくら頑強であろうとも、ボディを貫通する程のダメージを受けては無事では済まない
【怠惰】の背後から迫っていた姉の眞那は、妹の気配が急に薄れた事にすぐさま気が付くと触手をまとめて薙ぎ払い、そのまま【怠惰】を攻撃して妹から引き剥がす

「……お前達の希望は潰える……そして世界は滅ぶ、滅ぶべくしてな……」

【怠惰】は瞬間移動のように消え、足場にしていたビルの角に立つと、捨て台詞を残して去っていった


「……っ……ぅ……」

苦痛に顔を歪めながら荒い呼吸しかできず、言葉すら満足に紡げない中、瑠那は姉の眞那の泣き顔に手を伸ばす……エスカリの5人は遠目にその光景を発見し、すぐさま近寄ろうとするが、先ほど姿を消したダークファルス達の気配とは違う、何か悍ましい気配が漂っている事に気が付く

「……ヴ……ぁ……ッ……が……いぎ……ッ……」

泣き顔から一転し、何かを抑え込むように苦しみだす眞那……精神安定の礎となっていた妹の惨状を目の当たりにし、抑えきれない動揺が哀しい過去を呼び覚ましていた

「眞那っちが……ヤバそうだよ!?」

異変に気付き、声を上げる祭莉……月-γμηα-とシャインブルーもその声から異常を感じ取り、退避が遅れている一般市民の誘導を急がせる

「オイオイ、洒落にならねぇ圧だぞコレは……!」

ichigo3が身構える……視線の先には、ダークファルス……と先ほどまで戦い、妹が瀕死の重傷を負ってしまい、戦意を失っていたはずの姉の姿があった……しかし、感じる気配は正常なフォトンではない、ドス黒く淀んでタールの様になった負のフォトンだ

『ゔゔゔゔゔゔゔ……!』

やがて可愛らしいネコ耳と尻尾を持つ小柄な少女の姿は足元からタール状の闇に取り込まれ……巨大な塊へと変貌、それから幾度かの形状変化を経て、巨大な龍の姿へと変わった

クローム・ドラゴン……暴走龍の二つ名を持つ白き巨龍
異常に発達した四肢と空間を操る能力、そしてダーカーを喰らって己が力の糧にするという常識と倫理の外で産み出された哀しき存在……眞那は、過去に暴走龍を産み出した非人道的な実験に使われた人型サンプルの生き残りだった

『ヴォオァァァァァァァ!!!!!』

周囲を根こそぎ吹き飛ばすような音圧の咆哮、哀しみと憎しみ、そして絶望に彩られた慟哭が雨の中に響く……シャインブルーを始めとするエスカリボルグのメンバー達は、その声に言いようのない感情を抱いてしまう
全員、あの双子の仲の良さや人となりも十分に把握している……妹は痛々しい姿を晒し、姉は精神的支柱を失って暴走……敵であるダークファルスは既に2人とも撤退したのか、足取りや気配すら掴めない

「……で、あの娘……どうやって止める?」

目下の課題を指摘するティア・レスティ……クローム・ドラゴン自体との戦闘経験はエスカリボルグの面々ならば朝飯前のごとく制圧は余裕である……が、相対しているのはただの龍ではなく、知り合いの少女が変貌してしまったモノ……いくら経験豊富な彼らでも、そう簡単に良心の呵責は拭いきれるものではない

「だが、意地でも止めねば逃げ遅れに被害が出かねんぞ……」

「……しょうがない、場当たりだけど、まずはこっちに注意を惹き付けて、シェルターや退避施設から距離を離させる……そこから先は増援を待ってから対策を練ろう」

苦肉の策、と話すシャインブルーの策に他からの反対や意見は出ず、その作戦はすぐさま決行に移された

まずは全員で龍化した眞那の注意を惹き付け、市街地の外れへと誘導……そこに増援が到着し次第、本格的な対策を講じて作戦を立て直す事となり、エスカリボルグで最も戦闘経験の豊富なichigo3を先頭に、シャインブルーとティア・レスティの3人が正面の囮となり、残る祭莉と月-γμηα-の2人が、有事の際の交代要員として側面からフォローを入れる

『………ッ………!!』

「こっちだ! 付いて来い腹ペコ龍!!」

多少の寄り道はあったものの上手く誘導でき、既に人影の無くなった公園へと足を踏み入れていく暴走龍……既にダーカーに荒らされ、もぬけの殻となっていた場所だ、ここならば周囲の被害を考えなくても良いだろう

エスカリボルグのメンバー達は追従してきた暴走龍に向き直り、改めて作戦を練り直す

「……連れてきたは良いけど、やっぱ止めるのは無理なんでね?」

「かといってこのままっていうのもなぁ……」

「倒すのはそう無理ではないが……問題はアレの中身だろう」

「アレってば眞那っちだもんね……」

「迂闊に手ェ出してあの子殺したら絶対2人に絶交される……詰んだわ」

最後のシャインブルーの発言に他の4人は若干ジト目だったが、全員が倒すという選択肢を後回しにしている……元が知人の少女というだけあって下手に手を出せない
しかし、野放しという訳にも行かないうえ当の暴走龍自体がこちらを襲ってくるのだから応戦しなければならなかった

増援の要請は既に受理されているが、到着までもう少し時間が掛かるとの事……
この状況を5人で凌ぐのは不可能ではないものの、心苦しさや緊張感はもう一杯一杯だった

「……っ……眞那……ちゃん……?」

遠巻きにピンク色の髪で長杖を持つ女性が暴走龍の姿に慄く

「……ッ?! 逃げろ!! そこは危険だ!!」

咄嗟に叫ぶichigo3、他の4人も声に気付きそれぞれに叫ぶが長杖の女性は逆に暴走龍へと向かって走り出す
シャインブルーはその姿がようやく見覚えがある人物だと分かり、追おうとする4人を抑えた

「飼い主のご到着だよ、フォローに回ろう」

暴走龍へと走る長杖の女性……ピンク色の髪をロングテールのように結び、尾を引く流星の如き走る姿……それは増援の連絡を受け、単独で先行した透火だった




次回予告

暴走する龍の力に溺れ、自身を見失う少女の元へ彼女がたどり着く
だが龍は彼女に気付かず衝動のままに破壊を繰り返す
少女は無防備極まりない方法で龍の正気を取り戻させ、今度は自身が倒れるのだった

次回 PSO2-ACE’s
第15話 明日への絆

己の危険すら顧みぬ事こそ、慈愛に相応しい……
……しかし、それは諸刃の剣である

次回の更新は6/10の予定です お楽しみに♪

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